フォークやスプーンといった金属洋食器は、純銀やステンレス鋼などで製造されており、素材の違いによって商品価格の幅も広くなっている。またキッチンツールをはじめとした鉄鋼や銅などで造られた食卓器具、調理器具を金属器物(金属ハウスウエア)という。
新潟県燕市およびその周辺が全国シェアのほとんどを占める地場産業で、元請を中心に多数の下請業者が存在し、多品種少量生産に対応できる態勢ができているが、需要の衰退や後継者不足などで下請業者の数は年々減少している。
輸出型産業として発展してきたが、中国などアジア諸国の安価な製品に押され、輸出額は減少。内需向けの出荷に転換を進めてきたが、国内市場も輸入品にシェアを奪われ、苦しい状況が続いている。近年は金属洋食器・器物専業ではなく、加工技術を生かし、他分野への進出を行うメーカーも増えている。
安価な汎用品は今後も輸入品がシェアを拡大していくことが予想される。今後、デザインや機能に優れた高付加価値製品の製造に特化し、他国製品との差別化を図る必要がある。また、高い加工技術を生かし、新素材を利用した製品や他業種とのタイアップ製品の開発や他分野への進出など行い、局面を打開したいところだ。
燕市では平成15年より、首都圏などからの受注に迅速な対応を行う目的で、インターネットによる共同受注システムを稼動させ、需要の掘り起こしに取り組んでいる。これまでの商取引慣例から脱却し、ネットショッピングでの販売やアンテナショップの運営など、消費者の需要を喚起する方策を官民一体となって模索していくことが必要となってくる。
《業界情報サイト》
日本金属洋食器工業会(http://www.home.cs.puon.net/youshokki)
燕市ホームページ(http://www.city.tsubame.niigata.jp)
◆◆ 燕市の金属洋食器製造業 ◆◆
江戸時代の初期、農村の副業として始められた和釘の製造技術の導入に始まる。その後、元禄年間に鍋などの銅器の生産が行われるようになった。第1次世界大戦中に、諸外国より洋食器の供給を日本に求めて試作注文が燕に寄せられることとなり、長い間培った金工技術をもとに試作に成功、以後新しい技術を導入し、燕の金属洋食器は産業として順調に発展し、第2次世界大戦後はステンレス洋食器の大量生産に成功、輸出額を急速に伸ばし、一時代を築いた。